オフィスや事業所におけるエアコンの温度設定は、単に「暑さ・寒さ」を解消するだけでなく、従業員の健康、生産性、エネルギーコスト、さらには法令順守にも関わる重要な管理項目です。近年は、SDGsや脱炭素経営の観点からも空調管理が注目されており、快適性と省エネのバランスをとる技術や考え方が求められています。
本記事では、温度管理に関連する法律・ガイドラインの解説から、科学的根拠に基づく適切な温度、湿度との関係、季節や時間帯による運用の工夫までを詳しく紹介します。

目次
法律が定める室温基準と管理責任
オフィスの空調温度には、労働安全衛生の観点から法律や行政ガイドラインによる基準が存在します。企業は快適性だけでなく、法令遵守の視点からも適切な温度管理を行う必要があります。
事務所衛生基準規則における温湿度管理の指針
オフィスなどの事業所では、「事務所衛生基準規則」により、温度と湿度に関する一定の指針が定められています。この規則では、空調設備のある事務所において、室温をおおむね17℃以上28℃以下に、湿度を40〜70%に維持する努力義務が記されています。
努力義務ではあるものの、極端な低温環境(気温10℃未満など)の場合には暖房の設置・使用が義務とされ、違反があると罰則の対象となる可能性もあります。
労働安全衛生法に基づくこの基準は、従業員の健康を守るだけでなく、空調管理に対する企業の責任を明確にするものです。設備の設置だけでなく、実際の温度維持が重要な評価対象になります。
環境省・クールビズの目安と背景
エアコンの温度設定には、法令以外にも環境省が定める目安が存在します。たとえば、夏場の「クールビズ」では冷房時の設定温度として28℃が、冬場の「ウォームビズ」では暖房設定温度として20℃が推奨されています。
これらは「室温」ではなく「エアコンの設定温度」の目安であり、室内環境によって実際の体感温度は大きく変動します。クールビズは省エネと地球温暖化対策のために2005年から開始された取り組みであり、温度管理に服装や働き方を連動させるという方針が特徴です。企業はこのような社会的方針に沿いつつ、実際の現場に即した柔軟な運用が求められます。
生産性への影響を踏まえた温度設定の科学的根拠
空調の温度設定は、作業環境の快適さだけでなく、従業員の集中力や作業効率にも影響を与えます。ここでは、科学的な研究に基づいた最適な温度帯について解説します。
温度上昇が作業効率に与える影響
オフィスの室温がわずかに変化するだけで、作業効率に大きな差が生まれることが、複数の調査で明らかになっています。たとえば、室温が25℃から26℃へと1℃上がると、作業効率が約2.1%低下するという研究結果があります。
また、27℃を超えるとエラー率が上昇し、注意力や判断力も低下しやすくなる傾向があります。これは、人間の体温調節機能に負担がかかり、脳のパフォーマンスが低下することが一因とされています。
一方で、寒すぎる環境も筋肉の緊張や血流の悪化を招き、集中を妨げます。したがって、温度管理は快適性の確保だけでなく、生産性向上にも直結する要素であり、企業の業務効率化の一環として見直す価値があります。
22〜24℃を推奨する調査結果
快適性と生産性の両立を目的とした研究では、オフィスにおける最適な室温として「22〜24℃」が推奨されるケースが多く報告されています。ある国際的な調査では、室温が22℃から24℃の範囲に保たれているオフィスでは、従業員の集中力や満足度が高く、作業効率の向上が見られたとされています。
また、温度が適正である職場では、社員のストレスレベルや体調不良の報告が減少する傾向も見られました。このようなデータを踏まえると、企業が温度管理を感覚ではなく、科学的根拠に基づいて設計・運用することの重要性が理解できます。エアコンの設定温度を見直すことは、小さな改善で大きな効果を生む可能性があります。
湿度とのバランス:温度だけでは不十分な理由
快適な室内環境を維持するためには、温度だけでなく湿度とのバランスが不可欠です。適切な湿度管理を怠ると、健康面・集中力・省エネ効果に悪影響を及ぼす恐れがあります。
湿度管理がなぜ必要かの健康・集中へのリスク
湿度が快適さや健康に与える影響は、温度と同じくらい重要です。たとえば、湿度が40%を下回ると、空気が乾燥し、喉の痛みや目のかゆみといった不快症状が発生しやすくなります。
また、インフルエンザウイルスやコロナウイルスなどは乾燥した環境で活性化しやすいため、感染リスクも高まります。一方、湿度が70%を超えるとカビやダニが繁殖しやすくなり、アレルギー症状の原因となることも。
さらに、湿度が極端に高いと、体感温度が実際よりも高く感じられ、冷房効果が下がる原因になります。こうした理由から、温度と湿度の両面を考慮した環境づくりが求められます。快適で安全な職場環境の維持には、湿度管理の徹底が欠かせません。
季節別の温湿度バランスと調整目安
季節ごとの気候条件に応じた温湿度のバランスを意識することは、空調効率と快適性を高めるうえで非常に有効です。夏場は湿度が高くなりがちで、体感温度も上昇するため、エアコンだけでなく除湿機能やサーキュレーターの併用が推奨されます。
湿度の目安は50〜60%程度が理想です。一方、冬場は空気が乾燥しやすく、加湿器を用いて40〜50%程度の湿度を保つことが望まれます。また、冬は暖房による過乾燥を防ぐことで静電気や肌荒れの対策にもなります。
年間を通じて温湿度計で環境を可視化し、湿度調整を前提とした温度管理を行うことが、オフィスの快適性維持と省エネの両立に役立ちます。
体感温度を整えるための要素理解と調整
人が感じる「暑い」「寒い」は、室温だけで決まるものではありません。体感温度には複数の環境要素が関係しており、それらを理解・調整することで快適性を高めることができます。
6つの温熱環境要素と職場への応用
体感温度は、室温だけでなく「温熱環境6要素」と呼ばれる複数の条件に影響を受けます。これには①気温、②湿度、③風速、④放射(輻射熱)、⑤活動量、⑥着衣量の6つが含まれます。
たとえば、同じ気温でも風速があると涼しく感じたり、日光が差し込む窓際では暑く感じたりします。オフィスにおいては、これらの要素を複合的に管理することが重要です。ブラインドで直射日光を遮ったり、サーキュレーターで空気を動かすことで、室温を変えずに体感温度を調整できます。
さらに、活動量の多い部署や、PCなど発熱機器の多い場所では、局所的な設定温度を見直す工夫も有効です。快適性向上のカギは、「温度」以外の要素への着目にあります。
服装選びと環境調整で体感をコントロール
職場での服装や装備も、体感温度に大きく影響します。たとえば、スーツやネクタイを着用していると、室温が22℃でも暑く感じることがあります。一方、軽装であれば28℃の室温でも快適に過ごせる場合があります。クールビズやウォームビズといった政策も、この「服装で温度に適応する」考え方に基づいています。
また、職場によっては冷えやすい人への膝掛けの貸与、デスク下の小型ヒーターや扇風機の使用を許可するなど、個別対応を行う企業も増えています。このように、温度管理は空調設備の設定だけでなく、従業員の服装や装備、デスク環境なども含めたトータルな調整によって、効果的に快適性を高めることができます。
時間帯・曜日別に変える快適温度設定指針
オフィスの温度は、時間帯や曜日によって最適な設定が変化します。外気温や人の活動量の違いを踏まえて柔軟に調整することで、快適性と省エネの両立が可能になります。
朝・昼・夕方の理想温度と目的
1日の中で外気温や日射量、オフィス内の人の動きが変化するため、時間帯によってエアコンの設定温度を見直すことは非常に効果的です。朝は外気温が低く体が冷えやすいため、暖房時には22℃程度、冷房時には26〜27℃程度が目安となります。
昼間は人が活発に動く時間帯で、OA機器の稼働も増えるため、冷房は25〜26℃、暖房は20〜21℃が適しています。夕方は外気温の低下や日射の変化により、再び調整が必要になります。自動制御だけに頼らず、実際の室内環境に合わせたこまめな調整を行うことで、快適性の向上と無駄なエネルギー消費の削減が可能になります。
週業務シフトに応じた制御
曜日ごとの業務内容や出社人数に応じて、エアコンの稼働モードや設定温度を調整することも効果的です。たとえば、週明けの月曜日は出社人数が多く、稼働直後のオフィスは前日まで冷え切っていることが多いため、少し高めの設定温度でスタートし、徐々に調整していくのが理想です。
反対に金曜日や土曜日など、出社人数が少ない日や半日営業の日には、一部のエリアの空調をオフにしたり、ゾーニングによる省エネ運用を取り入れることで効率が高まります。曜日別に傾向を分析し、スケジュール連動型の制御を導入することで、省エネと快適性の両立を実現できます。
ゾーニング運用による個別快適化
オフィス内のすべてのエリアを同じ温度で管理するのではなく、エリアごとの用途や人の密度に応じて空調を制御する「ゾーニング」は、快適性と省エネの両立に有効な手法です。
エリア別温度管理の導入ポイント
オフィスには執務スペース、会議室、休憩室、倉庫など、用途や人の滞在時間が異なるエリアが存在します。すべての空間を同じ温度で管理すると、過冷・過熱の無駄が生じやすく、快適性も損なわれる可能性があります。
そこで有効なのがゾーニングによる温度管理です。人の滞在時間が長く、PCなどの熱源が多い執務スペースは快適性を重視し、倉庫など一時的にしか利用しないエリアは省エネ設定
とするなど、用途に応じて温度を調整します。空調設備にゾーン制御機能がある場合はもちろん、タイマーや人感センサーなどを活用してエリアごとに管理することで、エネルギー効率を大幅に改善できます。
非集中空間の温度快適化事例
オープンスペースや受付、廊下など、空調が届きにくい「非集中空間」では、エアコンだけでの温度管理が難しい場合があります。こうしたエリアでは、サーキュレーターで空気を循環させたり、遮熱フィルムやブラインドを設置することで、体感温度を安定させる工夫が有効です。
さらに、スポット空調や局所暖房器具を設置することで、必要なときだけピンポイントで快適性を確保する方法もあります。非集中空間の快適化は全体の温度ムラ解消にもつながり、結果的にオフィス全体の空調効率向上に寄与します。無理に全館冷暖房をするのではなく、必要に応じた対応が鍵となります。
省エネを両立する具体的手法
快適性を保ちながらもエネルギー消費を抑えることは、企業のコスト削減と環境配慮の両面で重要です。ここでは、オフィスで実践できる具体的な省エネ運用テクニックをご紹介します。
温湿度計やサーキュレーターなど現場機器の活用
空調の効率を高めるためには、温度や湿度の「見える化」が不可欠です。温湿度計を設置することで、感覚に頼らず客観的なデータに基づいて空調を調整できます。また、サーキュレーターを併用すれば、冷暖房効率が向上し、設定温度を極端に上下させずとも快適性を確保できます。
特に夏場は、冷気が下にたまりやすいため、空気を上に循環させることでムラの少ない空間が生まれます。さらに、ブラインドや遮熱フィルムを活用して日射をコントロールすることで、空調負荷を軽減できます。こうした機器の導入はコストが比較的低く、すぐに取り組める省エネ施策として非常に有効です。
換気・加湿・輻射冷暖房を組み合わせた応用
近年は、空気の循環や衛生面にも配慮した空調運用が求められています。定期的な換気を行うことは新型感染症対策としても重要ですが、室内温度が下がりすぎたり上がりすぎたりする原因にもなります。
そのため、全熱交換型換気システムや自動制御付きの窓開閉装置などを導入すれば、省エネと衛生の両立が可能です。また、乾燥しやすい冬場には加湿器を併用し、快適な湿度を保つことで、暖房効率が向上します。
さらに、最近注目されている輻射式冷暖房(壁や床から放射される熱)を用いると、風を発生させずに自然な快適さを実現できます。従来のエアコンと組み合わせることで、より柔軟で効率的な空調環境を構築できます。
設定温度を1℃調整する費用対効果の理解
空調の設定温度をたった1℃調整するだけでも、電力消費量に大きな差が生まれます。一般的に、冷房時の設定温度を1℃高くすると約13%、暖房時の設定温度を1℃低くすると約10%の消費電力が削減できるといわれています。
これを年間のエネルギーコストに換算すると、オフィス全体で数万円〜数十万円単位の節約が可能です。しかも、他の設備投資と異なり、即日で実施できるという手軽さも魅力です。
ただし、単純に温度を上下させるだけでは快適性が損なわれる可能性があるため、前述した湿度管理やサーキュレーターの活用と併せて導入するのが効果的です。1℃の違いがもたらすインパクトを正しく理解し、継続的に見直すことが重要です。
最新技術で進化させる空調運用
近年、AIやIoTを活用した空調管理の最適化が注目されています。センサーやクラウドを活用することで、省エネと快適性を両立するスマートな運用が可能になります。
AIや機械学習による空調最適化の活用
最新の業務用空調では、AIや機械学習を活用して室温や湿度、人の動きなどを自動で分析し、最適な運転モードを選択するシステムが登場しています。たとえば、時間帯や天候、過去の運転履歴などから効率的な稼働パターンを学習し、設定温度や風量を自動調整することで、省エネと快適性の両方を実現します。
さらに、複数拠点を一元管理できるクラウド型空調制御システムを導入すれば、遠隔からも効率的な空調管理が可能になります。これにより、管理負担を減らしながら無駄なエネルギー消費を防ぐことができます。中長期的に見て、コスト削減と持続可能性の向上にもつながる技術です。
共有スペースでの温度ポリシー策定と運用
会議室や休憩室、受付などの共有スペースでは、使用頻度や在室人数が時間帯によって変動するため、空調運用にも柔軟性が求められます。こうした場所では、明確な「温度ポリシー」を設けることで、設定温度を巡るトラブルや無駄なエネルギー消費を防ぐことができます。
たとえば「会議室使用時は24℃を基準とする」「人がいない時間帯は自動停止」といったルールを社内で共有しておくことが有効です。また、人感センサーと連動した自動制御を導入すれば、使用状況に応じて効率よく温度管理ができます。共有空間こそ、システムとルールの組み合わせが効果を発揮します。
導入後の継続施策と改善アクション
エアコンの温度設定や運用ルールは、一度決めたら終わりではありません。継続的な測定・評価・改善を行うことで、より高い快適性と省エネ効果を維持できます。
測定・記録による継続改善メカニズム
エアコンの運用効果を最大限に高めるには、温湿度の状態や消費電力を定期的に測定・記録することが重要です。たとえば、日別・週別の温湿度ログを取ることで、外気温との関係やエリアごとの温度ムラを可視化できます。
こうしたデータをもとに運用を見直すことで、実態に即した効率的な空調管理が可能になります。また、電力使用量や空調の稼働時間も併せて記録しておくと、効果測定や社内報告にも役立ちます。
中には、センサーと連携した自動記録・可視化ツールもあり、管理工数を減らしつつ継続的な改善を支援してくれます。データに基づくPDCAサイクルを回すことが、空調最適化の鍵となります。
社内啓蒙や提案書作成に向けた構築ステップ
空調管理の取り組みを社内で浸透させるには、定期的な情報共有と啓蒙活動が欠かせません。たとえば「空調の省エネ効果を社内報に掲載する」「快適性アンケートを実施する」といった手段を取り入れることで、社員の関心を高め、協力を得やすくなります。
また、上司や経営層への報告用として、空調運用の成果や改善提案をまとめた資料を定期的に作成することも有効です。実績データを添えて報告することで、説得力が増し、次の投資や改善への理解が得やすくなります。空調運用は管理部門だけの責任ではなく、組織全体で取り組むテーマとして捉えることが重要です。
空調管理を見直して、快適で省エネな職場をつくろう
オフィスのエアコン温度管理は、快適さだけでなく、生産性の維持や労働環境の安全確保、電力コストの削減、さらには法令遵守にも深く関わる重要なテーマです。本記事では、法的な基準から温湿度のバランス、時間帯やエリアごとの運用方法、個別対応の工夫、省エネ施策、最新技術の活用、そして継続的な改善手法まで、実務に役立つ知識を幅広くご紹介してきました。
空調管理を戦略的に見直すことで、従業員の満足度や健康の向上と、企業の経営効率化や環境配慮の推進を両立することができます。まずは現状を把握し、できることから一歩ずつ取り組んでいきましょう。