地球温暖化対策や環境規制の強化を背景に、空調業界では従来の冷媒から「新冷媒」への切り替えが進んでいます。なかでも「R32」は、GWP（地球温暖化係数）が低く、ODP（オゾン層破壊係数）がゼロといった環境性能に優れることから、業務用・家庭用問わず多くの機器に採用されています。しかし、燃焼性や設置条件、法令対応など、導入には慎重な検討も必要です。
そこで今回は、R32の基礎知識からメリット・注意点、導入時のポイントや今後のトレンドまでを総合的に解説します。空調設備の更新や選定でお悩みの方は、ぜひ参考にしてみてください。
新冷媒ガスとは？
新冷媒ガスとは、従来の冷媒に代わり、地球環境への影響を抑える目的で開発された新しいタイプの冷媒を指します。なかでも「R32」や「HFO」などは、地球温暖化係数（GWP）が低く、オゾン層破壊係数（ODP）がゼロまたはごくわずかであることから注目されているのです。
これらの冷媒は、フロン排出抑制法やモントリオール議定書といった国際的な環境規制の影響を受け、空調業界での導入が進んでいます。
環境負荷の低減に加え、省エネ性能や冷却効率の高さも特徴であり、今後の設備選定において重要な判断基準となるでしょう。一方で、燃焼性の有無や安全対策、保守コストなどにも目を向ける必要があります。
新冷媒R32の基礎知識
R32（ジフルオロメタン）は、地球温暖化係数（GWP）の大幅な削減を目的として開発された次世代型の冷媒であり、現在主流のR410Aに代わる冷媒として注目されています。
HFC系の単一成分冷媒でありながら、高い冷却効率と優れた省エネ性能を備えており、業務用・家庭用を問わず幅広く導入が進められている冷媒です。特に日本では、環境規制や法令への対応を重視する傾向から、多くのメーカーが新製品にR32を採用しています。
導入に際しては微燃性や機器の適合確認が必要ですが、「環境性・経済性・性能」の3つの観点でバランスに優れているため、冷媒選定における重要な基準の一つといえるでしょう。
新冷媒R32のメリット
地球温暖化対策や法規制への対応が求められる中、冷媒の選定は空調設備の更新において重要な判断要素です。ここでは、新冷媒R32の代表的なメリットについて解説します。
地球温暖化係数が低く、温暖化対策に貢献できる
新冷媒R32は、従来の冷媒と比べて地球温暖化係数（GWP）が著しく低いことから、環境配慮型の空調設備として注目を集めています。GWPとは温室効果ガスとしての影響度を示す指標で、数値が小さいほど地球温暖化への影響が少ないことを意味します。
従来よく使われていたR410AのGWPは約2,090でしたが、R32はその約3分の1にあたる675。これにより、同じ冷房性能を保ちながらも環境への負荷を大幅に軽減できます。
さらに、R32は冷媒としての効率も高く、省エネ性にも優れているため、持続可能な社会を目指すうえで重要な冷媒です。空調設備の更新を検討する際は、こうした地球環境への影響にも配慮した冷媒の選定が求められます。
オゾン層を破壊しない冷媒で、環境リスクが少ない
新冷媒R32の大きな特長の一つに、オゾン層破壊係数（ODP）がゼロである点があります。ODPとは、大気中に放出された冷媒がどの程度オゾン層に影響を及ぼすかを示す指標で、数値が小さいほど環境リスクが低いとされています。従来のCFCやHCFC系冷媒はODPが高く、オゾン層破壊の要因とされてきたため、国際的に段階的な使用規制が進められてきました。
R32はODPが0とされており、オゾン層に悪影響を及ぼさない冷媒として評価されています。冷媒を選ぶ際は冷房効率に加え、こうした環境特性も考慮することが求められます。
蒸発潜熱が大きく、冷却効果が高い
R32冷媒は、蒸発潜熱が大きいという特性を持ち、高い冷却効果を実現します。蒸発潜熱とは、冷媒が液体から気体へ変化する際に吸収する熱量のことで、数値が大きいほど少ない冷媒で効率良く熱を奪うことが可能です。つまり、同じ消費エネルギーでもR32は空間を効率的に冷却でき、省エネ性能にも優れています。
従来冷媒R410Aと比較しても熱効率が高く、機器の小型化や電力使用量の抑制にも貢献する冷媒です。冷房性能を維持しながら環境負荷や電力コストを軽減したい場合には、R32の性能が有力な手段となります。空調設備の見直し時は、この冷却効率の高さも判断基準に含めるとよいでしょう。
熱伝導率が高く、エネルギー効率が良い
R32は熱伝導率が高く、冷媒としてのエネルギー効率に優れている点も大きな特長です。熱伝導率とは、物質がどれだけ熱を伝えるかを示す指標で、この値が高いと空間の熱を迅速に吸収・放出できます。R410Aと比較しても、R32は熱交換の効率が高く、省エネ性能の向上や運転コストの低減に役立つ冷媒です。
冷暖房の使用時間が長いオフィスビルや商業施設では、年間を通じて電力消費の削減効果が見込めます。環境への配慮と同時にコスト最適化を目指す場面では、R32の導入が合理的な冷媒選定につながります。
単一冷媒のため、追加充填や保守が簡単にできる
R32は単一成分で構成された冷媒であり、保守や追加充填の作業が簡易である点が大きな特長です。従来使われていたR410Aは複数成分の混合冷媒で、成分ごとに蒸発圧力や濃度が異なるため、一部が漏れるとバランスが崩れ、全量を回収・再充填する必要が生じる場合がありました。
R32はこのような成分分離の心配がなく、漏れた分のみを追加補充する対応が可能です。保守作業が簡単になり、技術者の負担軽減や修理対応の迅速化にもつながります。冷媒の回収や再利用もスムーズに行えるため、長期的な運用における保守コストの抑制にも貢献します。扱いやすさを重視する現場では、高い信頼性を発揮する冷媒といえるでしょう。
毒性が低く、安全性に優れている
R32は毒性が極めて低い冷媒として知られており、空調機器の運用において高い安全性を実現します。人体への有害性が小さいため、万が一漏洩が発生しても、深刻な健康被害につながるリスクを最小限に抑えることが可能です。
実際、R32はASHRAE（アメリカ暖房冷凍空調学会）の分類で、毒性が低く燃焼性のある「A2L」に該当します。慎重な取扱いは必要ですが、適切な設計と使用環境が確保されていれば、日常的な利用においても十分に安全に使えるものです。
また、過去に使用されていた冷媒に比べて毒性のリスクが低く、安全性に優れています。R32は現行の安全基準や法令にも適合しており、換気や施工管理を適切に行うことで安全性と環境性能の両立が可能です。冷媒を選ぶ際は、環境負荷とあわせて、人体への安全性も重視すべき視点です。
新冷媒R32導入時の注意点
地球環境への配慮から注目を集める新冷媒R32ですが、導入にあたっては「微燃性」や「設置基準」、「法令遵守」など、従来冷媒とは異なる注意点を十分に理解しておく必要があります。ここでは、R32導入時に押さえておくべき具体的な注意点について解説します。
R32は微燃性のため設置環境に火気厳禁ルールを設ける必要がある
R32冷媒は、毒性が低く環境負荷も少ないことから注目されていますが、ASHRAEの分類で「A2L」に該当する微燃性ガスであるため、設置や運用時には火気への十分な配慮が求められます。
万が一冷媒が漏洩した際、火花や裸火が近くにあると引火の危険性が高まるため、空調機器の設置場所では「火気厳禁」のルールを明確にしておくことが重要です。
厨房機器や電気ヒーターなどの熱源とは適切な距離を保ち、必要に応じて換気や空気の循環も設計に組み込みます。さらに、メーカーが提示する設置基準や、高圧ガス保安法・建築基準法などの関係法令にも注意が必要です。安全性を確保するには、初期の設計段階からリスク管理を行う姿勢が欠かせません。
冷媒の使用量や部屋の体積によっては検知器・換気装置の設置が義務となる
R32は環境性能に優れた冷媒ですが、微燃性（A2L）に分類されるため、安全性を確保するための設置基準が法令で定められています。特に、機器に充填される冷媒の量と設置場所の室内容積の関係によっては、冷媒漏洩時のリスクを抑えるため、冷媒検知器や換気装置の設置が必要になる場合があるのです。
狭い空間では濃度が上昇しやすく、自動換気によって濃度を下げる仕組みが求められます。こうした対応は、高圧ガス保安法やメーカーが定める基準に基づくものであり、設計段階からの検討が不可欠です。
容量・室内容積・換気条件を正確に把握したうえで機器を選定しなければ、施工不良や法令違反のリスクも生じます。安全性と法令遵守を両立させるには、専門業者との連携が欠かせません。
年1回の回路検査と5年ごとの検知器交換が義務付けれている
R32冷媒を使用する空調機器では、安全性を確保するために定期的な点検や部品交換が日本冷凍空調工業会（JRAIA）が定めるガイドラインで義務付けられています。なかでも重要なのが、年1回の冷媒回路の漏れ検査と、5年ごとの冷媒検知器の交換です。これらは高圧ガス保安法などに基づく措置であり、漏洩による火災や爆発のリスクを未然に防ぐことを目的としています。
点検では冷媒回路の密閉性や配管の状態を確認し、異常があれば速やかな修理が求められる工程です。検知器は経年劣化によって感度が低下するため、所定の期間での交換が義務化されています。
保守管理を怠れば、万が一の事故発生時には重大な責任を問われるおそれがあります。R32を導入する際は、機器の性能に加えて、定期点検や交換を含めた保守体制の整備も欠かせません。
R32導入には高耐圧対応の施工工具を用意する必要がある
R32冷媒は、従来のR410Aよりも高圧で運転されるため、施工や保守作業では高耐圧仕様に対応した専用工具の使用が不可欠です。特にフレア加工工具やトルクレンチ、冷媒回収装置、真空ポンプなどは、R32対応モデルを使用しなければ、接続不良や漏えいのリスクが高まり、火災や爆発を引き起こす可能性があります。
R32は可燃性ガスに分類されるため、工具選定では気密性や火花対策などの安全構造も考慮する必要があるのです。R22やR410A用の既存工具を流用して作業を行った場合、法令違反や重大事故につながるおそれもあります。施工の前には、対応工具が揃っているかを事前に確認し、安全管理体制を整えることが重要です。
保守負担を軽減するには遠隔監視型サービスの導入が有効
R32冷媒を使用する空調機器では、漏洩検査や検知器の交換など定期的な保守が欠かせません。しかし、複数拠点で導入している場合や稼働台数が多い施設では、点検作業にかかる人的・時間的負担が大きな課題となります。このような保守負担を軽減する方法として有効なのが、遠隔監視型サービスの導入です。
ネットワーク経由で冷媒の圧力・温度・運転状況などを常時監視し、異常を検知すると通知が届く仕組みのため、現場での確認頻度を抑えることができます。漏洩の兆候をリアルタイムで把握できれば、法定点検の補完や事故の未然防止にもつながります。サービスによってはデータを蓄積し、傾向分析による戦略的な設備保全も可能です。R32の導入を検討する際は、こうしたデジタルツールの活用も選定要素に含めるとよいでしょう。
新冷媒ガス導入で環境とコストの両立を図ろう
新冷媒R32は、地球温暖化係数（GWP）の低減やオゾン層保護といった環境配慮に加え、冷却効率・保守性・省エネ性にも優れたバランスの良い冷媒です。単一成分による取扱いやすさや毒性の低さも評価されており、業務用・家庭用を問わず多くの空調設備で採用が進んでいます。
一方で、微燃性や法令遵守といった導入時の注意点も多く、事前に設置条件や点検義務を正しく把握することが重要です。将来の冷媒規制や環境トレンドも見据え、コストと環境性能を両立できる設備更新を実現するには、多角的な視点での冷媒選定と、安全性を担保する運用体制が不可欠です。今後の空調設備選びでは、R32の特性を正しく理解し、環境と経済性の両立を目指していきましょう。
